妊娠中のアセトアミノフェン使用と神経発達障害リスクに関する最新の科学的知見
妊娠中の服薬指導は、胎児の安全性を考慮する必要があるため、常に慎重な判断が求められる領域です。特にアセトアミノフェンは、妊娠中の発熱や疼痛に対して承認されている唯一の市販薬であり、その使用と子どもの神経発達障害リスクとの関連については、長年にわたり国際的な関心の的となってきました。
近年、米国食品医薬品局(FDA)が、アセトアミノフェンが子どもの自閉症や注意欠陥・多動性障害(ADHD)といった神経学的状態のリスク増加と関連する可能性があるとして、全米の医師に警告を発したことで、この問題に関する議論は再び加熱しています。また、世界保健機関(WHO)は、過去10年間の広範な研究にもかかわらず、妊娠中のアセトアミノフェン使用と自閉症との間に「一貫した関連性は見つかっていない」と強調する声明を発表しており、医療現場は相反するメッセージに直面しています。
本コラムでは、この論争の的となっているテーマについて、2024年4月にJAMAに掲載された大規模なスウェーデン研究の結果と、その後の追試を含む累積的なエビデンスを詳細にご紹介いたします。この最新の知見が、現場での慎重かつ的確な患者指導の一助となることを願っております。
JAMA Medical News
https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2839562
1.現時点での科学的結論—因果関係の否定
妊娠中のアセトアミノフェン使用と小児の神経発達障害リスクに関する最新かつ最も厳密な研究から導かれる現時点での結論は、「統計的関連性は見られるものの、遺伝的要因などを考慮に入れると、因果関係は示されていない」というものです。
スウェーデンで行われたこの大規模研究では、1995年から2019年の間に生まれた250万人の子どもたちが20年以上にわたって追跡調査されました。研究の最初の部分では、アセトアミノフェンを使用した母親から生まれた子どもと、使用しなかった母親から生まれた子どもを比較した際に、自閉症、ADHD、知的障害のリスクとの間に「見かけ上の統計的関連性」が観察されました。
しかし、研究著者であるブライアン・リー博士は、「関連性は因果関係ではない」と強く強調しています。この見かけ上の関連性が、アセトアミノフェンを使用する理由(頭痛、感染症、発熱など)といった、過去に自閉症などと関連付けられてきた「交絡因子」(第三の要因)によるものではないかを検証するため、研究者らは「同胞対照分析」(Sibling Control Analysis)という厳密な手法を適用しました。
この同胞対照分析(同じ両親を持つ兄弟姉妹間で、一方が曝露され、もう一方が曝露されなかった場合を比較する手法)を実行した結果、当初観察されたすべての統計的関連性は完全に消失しました。この結果は、観察された関連性が因果的ではない可能性が非常に高いことを示唆しています。
現在、累積されたエビデンスは、アセトアミノフェンが神経発達アウトカムに強い影響を与えないという方向に傾いています。
2.スウェーデン研究の詳細な方法論とデータの優位性
このスウェーデン研究は、可能な限り因果関係の検証に近づくために、非常に厳密なデザインが採用されている点が特筆されます。薬剤師として、その科学的根拠の強さを理解することは重要です。
用量反応性の分析
さらに、研究者らは処方薬記録を利用可能な解析のサブサンプルにおいて、用量反応性の有無を検証しました。用量反応性(曝露量が多いほどアウトカムも増加する)は、伝統的に因果関係を裏付ける指標とされていますが、本研究の分析はこの点においても検証が試みられました。
大規模な前向きデータ収集
研究は、スウェーデンの全国的なコンピューター登録システムを利用し、250万件の妊娠と、母親、父親、子どもの包括的な医療履歴データに基づいて行われました。特に重要なのは、アセトアミノフェン使用に関するデータが、妊娠時に収集された「前向きなデータ」であったことです。これにより、患者に10年前の服薬歴を尋ねることで生じる「リコール(回想)の問題」を回避し、データの精度を高めることができました。
遺伝的要因の制御—同胞対照分析の意義
神経発達障害は「高い遺伝性」を持つため、遺伝的要因は最大の交絡因子となります。従来のコホート研究では、遺伝的背景を完全に排除することは困難でしたが、本研究では「同胞対照分析」を用いることで、遺伝的要因や、家庭環境など、共有される環境的交絡因子を効果的に制御することを目指しました。
この厳密な「リンゴとリンゴ」の比較(曝露された同胞と非曝露の同胞の比較)により、最初の「見かけ上の統計的関連性」が、真の因果関係ではなく、主に遺伝的・環境的な交絡に起因していたことが明らかになりました。
3.確証を得た追試とエビデンスの累積
スウェーデン研究の結果を補強し、エビデンスの信頼性を高めているのは、その後の追試によって同様の結果が得られたことです。
厳密な研究デザインの重要性
妊娠中のアセトアミノフェン使用と神経発達アウトカムを調べた研究は、これまでに46件以上ありますが、そのエビデンスは一貫していません。この中で浮かび上がってきた重要な傾向は、潜在的な交絡因子、特に遺伝的要因をより良く制御している研究(同胞分析を実施する研究)ほど、因果関係を裏付ける証拠を見つけないということです。これは、因果関係を主張する研究の多くが、厳密な交絡因子の調整が不十分であった可能性を示唆しています。
日本の研究による結果の再現
スウェーデンでの研究結果が発表されてからわずか3週間以内に、完全に異なる集団である日本の全国的な約20万人の集団を対象とした研究によって、結果が再現されました。この日本の研究(使用率は約40%)でも、スウェーデン研究と全く同じく、初期の分析では見かけ上の統計的関連性が見られたものの、同胞対照分析を実施すると完全に消失するという結果が得られました。
異なる人種、異なる医療システム、異なるアセトアミノフェン使用率(スウェーデン研究の平均7.5%と比較して高い40%)を持つ集団で結果が再現されたことは、エビデンスの信頼性を飛躍的に高めるものです。リー博士は、累積されたエビデンスは、他の研究が覆すのが困難な方向性を示していると述べています。
4.薬剤師が臨床現場で果たすべき役割と指導上の注意点
この最新の科学的知見は、妊娠中の患者様への指導において、薬剤師の皆様がより自信を持って、かつ慎重に対応するための基盤を提供します。
専門機関の見解と混乱の解消
ニュース等で相反するメッセージが流れる中、米国産科婦人科学会(ACOG)や母体胎児医学会などの専門臨床機関は、このアセトアミノフェン使用と神経発達障害の関連性が因果的であるという強い証拠はないという結論で一致しています。
薬剤師は、患者様が抱える混乱や不安に対し、科学的根拠に基づいた専門家の統一見解を丁寧に伝える役割を担うべきです。妊娠中の健康に関する質問は、必ずかかりつけの医師と話し合うべきであることを助言し、医療チーム全体で患者様の安全と安心を確保していくことが求められます。
従来のガイダンスの堅持
この研究結果をもってしても、「可能な限り低用量で、可能な限り短期間使用する」という、妊娠中の薬物使用に関する従来の臨床ガイダンスが変わることはありません。私たちは引き続き、必要最小限の使用を心がけるよう指導していく必要があります。
不必要な回避による潜在的なリスク
しかし、本研究の最も重要な貢献は、服薬が胎児に有害であるかもしれないという母親の懸念を和らげる証拠を加えた点です。
特に妊娠初期の発熱は、それ自体が胎児に潜在的な有害性をもたらす可能性があることが知られています。したがって、因果関係が確立されていないにもかかわらず、発熱や疼痛の治療に必要なアセトアミノフェンの使用を避けるよう推奨することは、かえって潜在的な害を生じさせる可能性があります。アセトアミノフェンは、妊娠中の発熱治療に対して承認されている唯一の市販薬であることを踏まえ、使用の必要性と安全性のバランスを慎重に伝える必要があります。