脳卒中後の抗血小板薬追加で出血リスクは2倍〜抗凝固薬単独療法が出血リスクを抑制する可能性を示す日本のRCT〜
虚血性脳卒中または一過性脳虚血発作(TIA)を経験し、さらに非弁膜症性心房細動(NVAF)とアテローム性動脈硬化性心血管疾患(ASCVD)を併発している患者は、再発性の虚血性イベントのリスクが特に高い集団です。心房細動に対しては経口抗凝固薬(OACs)が推奨されますが、アテローム性動脈硬化性疾患に対しては抗血小板薬が標準治療です。
この両方の病態を併せ持つ患者群において、虚血リスクを最大限に抑えるためにOACと抗血小板薬を併用する治療戦略が臨床で考慮されることがあります。しかし、抗凝固薬と抗血小板薬の併用は、重篤な出血リスクを増加させることが知られており、至適な抗血栓療法が不明確でした。
この課題を解決するため、日本国内の多施設(41施設)において、ATIS-NVAF試験(Antithrombotic Therapy in Ischemic Stroke Patients with Non-Valvular Atrial Fibrillation and Atherothrombosis trial)が実施されました。本試験は、この高リスク集団において、抗凝固薬単独療法に対する抗血小板薬の追加がネットの臨床的利益に影響を与えるかどうかを検証することを目的としました。
JAMA Neurology Original Investigation
https://jamanetwork.com/journals/jamaneurology/fullarticle/2839511
1.日本人薬剤師にとって貴重な研究論文
ATIS-NVAF試験は、2016年11月から2025年3月(中間解析による中止は2023年7月)にかけて日本国内で実施されたランダム化比較試験(RCT)であり、日本人患者のみを対象としています。この「日本人限定」という特性は、特定の遺伝的、環境的、または医療に関連する要因が異なる集団への一般化可能性を限定するものの、日本の臨床現場における治療戦略の決定において極めて高い有用性を持ちます。
高リスク層に特化したエビデンス
本試験の対象者は、脳卒中またはTIA発症後8日から360日以内の患者であり、特にアテローム血栓性脳卒中などでは発症後1年以内の虚血性再発リスクが最も高いとされる時期をカバーしています。NVAFとASCVD(頸動脈/頭蓋内動脈狭窄、虚血性心疾患など)を併せ持つ、複合的なリスクを抱える日本人患者群におけるデータは、ガイドライン策定の重要な根拠となります。
日本の実臨床を反映した介入の評価
試験では、特定の抗凝固薬や抗血小板薬の選択、およびその用量が、日本で承認された基準に従い治療担当医の裁量に委ねられました。
・抗凝固薬として、患者の94%が直接経口抗凝固薬(DOACs)を服用し、アピキサバンが最も多く処方されていました(42%)。
・併用療法群では、アスピリン(52%)、クロピドグレル(31%)に加え、シロスタゾール(17%)が使用されており実用性を高めています。
アジア人における出血リスクの明確化
一般的に、アジア人集団は抗血栓薬治療において欧米人よりも出血リスクが高い傾向が示唆されています。本試験は、併用療法が単独療法に比べ、大出血および臨床的に関連のある非大出血のリスクを統計学的に有意に増大させた(HR 2.42; P = .008$)という決定的な安全性データを提供しました。この知見は、日本の患者に対する投薬設計やリスク管理の基礎として非常に貴重です。
2.主要アウトカムと安全性—出血リスクの優位な増加
本試験の有効性と安全性の評価は、当初設定されたイベント数の50%に達した時点での中間解析の結果、無益性(futility)のため2023年7月18日に中止されました。
総合的なの臨床利益(主要アウトカム)
主要アウトカムは、虚血性心血管イベントと大出血の複合であり、2年間の累積発生率は両群間で有意差がありませんでした。
併用療法群:17.8%
単独療法群:19.6%
ハザード比 (HR):0.91 (95% CI, 0.53-1.55); P = .64
この結果は、抗血小板薬を追加しても、虚血性イベントの減少と出血イベントの増加が相殺され、全体の臨床的利益は向上しないことを示唆しています。
虚血性イベント(副次アウトカム)
虚血性心血管イベント単独で見ると、併用療法群で低い傾向が見られましたが、統計的な有意差はありませんでした。
虚血性心血管イベント:併用療法群 11.1% vs. 単独療法群 14.2% (HR, 0.76; P = .41)
虚血性脳卒中:併用療法群 9.2% vs. 単独療法群 13.0% (HR, 0.67; P = .28)
安全性アウトカム(出血リスク)
最も重要な安全性アウトカムとして、大出血および臨床的に関連のある非大出血(Major and clinically relevant nonmajor bleeding)の複合発生率は、併用療法群で単独療法の2倍以上となり、有意に増加しました。
併用療法群:19.5%
単独療法群:8.6%
HR:2.42 (95% CI, 1.23-4.76); P = .008
ISTH基準による大出血単独の発生率は、併用療法群(9.4%)が単独療法群(5.6%)よりも高かったものの、有意差はありませんでした(HR, 1.63; $P = .27$)。最も関連性の高い出血イベントは消化管出血であり、併用療法群(6%)は単独療法群(3%)の2倍でした。
3.薬剤師が果たすべき重要な役割
ATIS-NVAF試験の結果は、虚血性脳卒中、NVAF、ASCVDを併発した高リスクの日本人患者において、「抗凝固薬への抗血小板薬の追加は、全体の臨床的利益をもたらさず、出血リスクを増加させる」ことを示しました。この知見は、日本の臨床現場において、薬剤師が関わる調剤、服薬指導、およびモニタリング戦略に大きな影響を与えます。
薬剤間の相互作用と用量調整への配慮
抗血栓薬の用量については、日本の承認基準に基づき医師の裁量に委ねられていましたが、体重(<60 kg vs ≥60 kg)や腎機能(クレアチニンクリアランス)などの因子に基づいたサブグループ解析(探索的評価)も実施されています。
薬剤師は、患者の腎機能や体重、その他の併用薬を考慮し、出血リスクを最小化するための投与量調整や処方提案を積極的に行うことが求められます。とくに高齢者や低体重者では、用量過剰が出血の誘因となるため、薬歴管理と定期的なモニタリングが重要です。
調剤時のレジメン確認と疑義照会
この高リスク患者群(脳卒中後8日〜1年以内、NVAF、ASCVD併発)において、OACと抗血小板薬の併用が処方されている場合、薬剤師はその併用が真に必要であるか、処方医に確認することが重要です。特に、冠動脈疾患(CAD)などの特定の病態を伴わない限り、本試験の結論は、OAC単独療法がより安全な選択肢である可能性を示唆しています。
出血リスクの徹底的なモニタリングと指導
併用療法を継続する場合、出血リスクが有意に高まる(特に消化管出血リスクが増大する)ことを念頭に置く必要があります。
服薬指導では、消化器症状(特にタール便や血便)や鼻出血、血尿などの出血兆候について具体的に患者に説明し、それらの症状が出た際の早期受診の必要性を強く指導することが求められます。
大出血に至らない「臨床的に関連のある非大出血」(医療介入、入院、対面評価を要する出血)も併用療法で有意に増加しているため、患者の軽度な出血訴えも見逃さないよう、綿密な聴取が不可欠です。
4.二次予防における安全性の確保
ATIS-NVAF試験は、虚血性脳卒中とNVAF、ASCVDを併発した高リスクの日本人患者において、抗凝固薬に抗血小板薬を追加する戦略が、虚血性イベントの削減よりも出血リスクの増大という形で相殺され、ネットの臨床的利益をもたらさないことを示しました。
この結果は、先行するAFIRE試験やEPIC-CAD試験など、他の国際的な研究が示唆してきた「OAC単独療法が安全性に優る」という方向性を、急性期後の脳卒中患者という特に脆弱な日本の集団で裏付けたものとして重要です。
薬剤師は、このエビデンスに基づき、高リスクの患者群の二次予防において、抗凝固薬単独療法を基本としたより安全な治療戦略が選択されるよう、医師との連携を図り、患者指導を通じて安全管理の最前線を担うことが期待されます。